広島地方裁判所 昭和34年(わ)8号 判決 1959年3月26日
被告人 東谷幸雄
昭六・七・一一生 人夫
主文
被告人を懲役一〇年に処する。
広島地方検察庁昭和三三年庁外領第二五五号の一乃至三の拳銃一挺、銃用実包三個、薬莢三個はこれを没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、実父東谷定の三男として両親の許で成長したが、長ずるに従つて素行が治らず、昭和二五年初め頃より同三二年末頃までの間に、窃盗罪並びに傷害罪により各三回に亘つて処罰を受け、その間、呉市内及び広島市内の博徒等と交りを続けて賭場に出入りして賭事に耽る等していたものであるが、
第一、呉市内の博徒で、広島市内でバーの経営に当つていた野間範男(当時三四年)を殺害する目的で、昭和三三年一二月二一日午後一〇時二〇分頃、広島市平塚元町一八六番地平岡幸子方前路上において、所携の拳銃(広島地方検察庁昭和三三年庁外領第二五五号の一)で同人の左後腋下を狙撃して同部位に命中させ、更にその場に顛倒した同人の背部に向けて二発を発射して内一発を右臀部に命中させ、よつて、同人をして心臓部貫通銃創による出血のためその場に即死させ、
第二、法定の除外事由がないのに、前記第一の日時場所において、前記拳銃(二六年式れんこん型一三三〇五号)一挺及び銃用実包六個(前同号の二、三、但し三はその薬莢)を所持してい
たものである。
(証拠の標目)<省略>
(累犯となる前科)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示所為中、第一の殺人の点は刑法第一九九条に、第二の拳銃所持の点は銃砲刀剣類等所持取締法第三条第一項、第三一条第一号に、実包所持の点は火薬類取締法第二一条、第五九条第二号に各該当するところ、拳銃所持の点と実包所持の点は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるので刑法第五四条第一項前段、第一〇条に従つて重い銃砲刀剣類等所持取締法違反の刑に従い所定刑中懲役刑を選択し、又殺人の罪については所定刑中有期懲役刑を選択し、被告人には前記累犯前科があるから、それぞれ刑法第五六条第一項、第五七条(殺人の罪については同法第一四条の制限に従う)により再犯加重をなし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるので同法第四七条、第一〇条、第一四条に従い重い殺人の罪の刑に併合罪加重した刑期の範囲内で被告人を懲役一〇年に処することとし、なお、主文第二項掲記の拳銃一挺、実包三個及び薬莢三個は、判示第二の犯行を組成したもので被告人以外の者に属しないから同法第一九条、第四九条、第五四条第二項に従つていずれもこれを没収することとする。
(殺害の動機並びに量刑について)
なお、本件殺人行為の動機の点につき、被告人は、捜査の当初より当公判廷における供述まで多少一貫しない点はあるにしても、従来被害者野間範男より事毎に小馬鹿にされ、特に犯行の年の一〇月頃、路上で行き会つた際、挨拶をしなかつたことから殴打されたこともあつて痛く怨みに思つていたところ、年末にいたつて金員に窮したので、昭和二八年頃、友人の吉兼悟(故人)より預つて所持していた拳銃及び実包のあることをにわかに思い出し、此の際野間に会つて従来の非礼を詑びてその宥恕を得たうえ、右拳銃、実包を買い取つて貰おうと考え、広島市に野間を訪ねたが、野間は全然相手にならず、相変らず小馬鹿にするので、宥恕を求めることを断念し、所携の拳銃で脅して野間を屈服させてその目的を達しようと考え、拳銃を突き付けたところ逆に野間が飛びかかつて来たので突嗟に身の危険を感じて拳銃の引金を引いた旨供述しているけれども、被告人の被害者に対する怨恨の情は相当長期に亘り且つ強いものと認められるのに(被告人の自首調書によれば、殺してやろうと思つて絶えず機会を窺つていた旨述べている)にわかにこれに詫を言つて拳銃を買つて貰う気になつたというのは、特に被害者より拳銃買付の依頼を受けていた等の事情でもあれば格別、全く理解し難いところであるし、被告人は当時それ程までに差し迫つた金員の必要があつたとも認められないばかりでなく、犯行当日、父親に面会して暗に別離の挨拶をなしている点や、続けて三発も発射している点等の諸事実を総合すると、右供述には極めて不自然な点が多くこれを以て本件殺人の動機を認定することはできない。更に被告人の交際関係や被害者の生活歴等から博徒間の斗争等に基く刺客として本件殺人の所為に及んだのではないかと考えられないではないが、何ら証拠上明らかにされないので、これも該犯行の動機として認定するを得ない。結局本件殺人の点については、その動機は不明であるとするの他ないけれども、前記のように犯行当日、暗に父親に別離を告げている点、犯行現場に到達する直前、腹巻より拳銃を取り出して包んでいたハンカチを解きオーバーのポツケツトに入れている点、続けて三発も発射してその死を確実なものにしている等の諸点よりみるときは、単なる偶発犯ではなく計画的犯行であると認められ、なお、犯行の手段方法の兇悪性、結果の重大性、並びに、社会に及ぼした影響、その他冒頭認定のような被告人の犯罪歴等、諸般の情状を考慮した上、被告人に対しては主文掲記の刑に量定処断するものである。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 尾坂貞治 小木曽茂 川上正俊)